3.11.15

テレポーテーションしたい







自分を変えるために旅に出る、なんて言葉をよく聞くし、
十代の頃の私も、どこか遠くの地へ一人で旅すれば、自分を変えられるかも、なんて思っていた。

けれども

変わるか否か、それを決めるのは自分自身なのだ。
いくら環境がかわっても、文化も言語も違う異国の地へ旅に出ても、
自分自身が扉を閉ざしたままならば、何一つ変えられないだろう。
確かに、変化せざるを得ないような経験もあるかもしれない。
けれどやっぱり、自らが殻を破らねば、新しい何かは生まれない。
同じ場所に居続けたとしても、自分次第で、変わることはできるだろうしね。
まぁそれにはほんの些細なものでもいいから何かしらの"きっかけ"というものが必要で、
そのひとつに"旅"という手段があるのだと思う。
新鮮な目でものを見たり、匂いを嗅いだり、未知の世界に足を踏み入れたり、、等々を一挙に経験できるんだから。

そりゃ楽しいばかりの旅なんて、そうそうないと思う。何かしら苦い出来事に見舞われたり、挫けそうになるような心底ぐったりすることもあるだろうし、
何より旅というものは疲労が伴う。

旅好きで、日本中のみならず世界中を歩き回っている人だって、九死に一生のような過酷な経験をしている人も少なからずいるだろう。
中には、旅の神様に守られて、けっこう平和に過ごしている人もいるかもしれないけれど。。(でも割と私、今の所旅の神様にはまだ見放されていない様子。まだまだこれからですけどね。)

楽しいだけならば、またここに来よう!と思うのはごく当たり前の感情であろう。
しかし!辛くて泣きたくなるような場面に遭遇したにもかかわらず、それに懲りずに旅好きな人間達は何度も何度も、その場所へ足を運ぶ。
きっと、彼らには共通する何かがあるのだろう。辛いけどやめられないとまらない、みたいな中毒性も。

私はまだ、国内のごく限られた場所へしか旅に出たことはないけれど、焦り不安緊張失敗に見舞われることは多々ある(思い出すのは楽しいことが多いけれど)。
これは旅に付き物なんだろうな。切っても切れない腐れ縁の奴、とでもいうべきか。
しかしそれでも尚、
家に帰ってホッと息を吐いて少し経って日常の流れに飲み込まれ始めた頃、
また、あの衝動が蘇る。
あのうずうずした気持ちが、再燃する。
「何処かへ、飛んで行きたい。今すぐにでも。」
例えその先に、心配なことや不安なことが渦巻いていたとしても、
それよりも好奇心が勝ってしまう。
未だ見ぬ景色が見たい。
食べた事のない美味しいものを食したい。
人と触れあいたい。
街を歩きたい。

その欲望は尽きる事はないのです。
(いまのところ。)





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